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久留米簡易裁判所 昭和31年(ろ)62号 判決

被告人 江崎隆雄

主文

被告人は無罪

理由

被告人に対する本件公訴事実は

「被告人は法令に定められた運転の資格を持たないで、昭和三十一年一月十二日午後二時頃佐賀県佐賀郡西川副村南里バス停留所附近道路において、自動三輪車を運転して無謀な操縦をしたものである。」

というのである。

ところで証人宮原福一及び同山口春雄両名の当公廷での供述並びに昭和三十一年六月十九日行われた第一回検証調書を綜合すれば、警察官巡査宮原福一は、同山口春雄外一名の警察官と共に、昭和三十一年一月十二日頃、佐賀県佐賀郡西川副村南里バス停留所(みどり屋)附近道路(巾員七米)上で、交通取締に当つていたところ、右宮原巡査は同日午後二時頃、右南里バス停留所表出入口より反対側の東へ四・五米先の道路上の地点(即ち第一回検証調書付属図面表示の(B)点に該当、以下(B)点と略称する)附近に佇立し、取締に従事中、佐賀県佐賀郡南川副村字犬井道の方から本件自動三輪車(マツダ号六―三二二七四号)が時速三、四十粁位の速度で疾走してきたので、手をあげ、停止を命じたが、自動三輪車は直にその場に停止せず、そのまま徐行しながら、二十八米位進行して後停止したのである。しかしてその徐行中、宮原巡査は前記(B)点附近に立つたまま右自動三輪車の行動にその後方から注意していたところ、それまで運転台に乗車して自動三輪車を運転していた被告人は助手席にいた井村富人(運転免許証取得者)と運転を交替したのを右自動三輪車の運転台後方の角窓(高さ〇・二米巾〇・四米)を透して確認したので、同巡査は自動三輪車の停止地点に走つて行つたところ、当時被告人は右自動三輪車の助手席に、井村富人は運転台に、それぞれ乗車していたので、その降車を促し、被告人に対して無免許運転、井村に対しては無免許運転幇助の各嫌疑を以て取調にあたつたところ、最初被告人等は右被疑事実を否認していたが、右宮原巡査等において種々説得の結果遂に右事実を認め、被告人等は前記各事実の自白の供述書を作成した事実を認めることができる。

しかし、さらに考えてみるに、本件自動三輪車の停車地点について証人宮原福一の当公廷での供述乃至は検証現場における同人の指示供述と証人井村富人及び被告人の当公廷での各供述乃至は検証現場における同人等の各指示、供述とは異つていて、前者の主張は前記(B)点附近から北々西(本件自動三輪車の進行方向に向つて道路の左側)へ一五・一米の道路上の地点(即ち前記図面表示の(C)点に該当以下(C)点と略称する。)に進み、さらに同所から北々東(同じく道路の右側)へ十三米徐行した道路上の地点(即ち前記図面表示の(H)点に該当以下(H)点と略称する。)であり、後者のそれは同じく前記(C)点に該当する地点である。

ところで第一回及び第二回の各検証調書の記載によれば、それぞれ本件発生当時と同一の距離及び速度の制限の下に実験の結果、被告人等の主張による前記停止地点(C)点までの距離においては運転の交替は絶対不能であるし、宮原福一の主張する前記(H)点までの間における交替にしても第一回の場合は交替不能であるし、第二回の場合は右(H)点の停車地点を約四米位行き過ぎたが、交替が可能であつたことが認められる。尤も第一回の検証の場合は本件自動三輪車の助手台に、被告人を乗せ、井村富人に運転せしめて進行中各所定の地点間における交替の能不能を実験したるに対し、第二回の場合は本件自動三輪車と同一年式同一構造の自動三輪車に運転経験二十数年で現在西日本自動車学校長堤昌成を助手台に乗せ、同経験五年以上の熟練者で右自動車学校教官野口倍蔵をして運転せしめ実験したものである。

以上の事実関係及び鑑定人堤昌成外一名作成の鑑定書並び、証人宮原福一、同井村富人、同堤昌成の各当公廷の供述及び被告人の供述を綜合考察すれば、前記のように、証人宮原福一主張の自動三輪車停止地点と証人井村富人及び被告人主張のそれとは相異しており、しかも証人井村富人等の主張の前記地点(C)点までの距離ではそれぞれ所定の制限速度の下では絶対に運転の交替は不能であることは証明されるし、また証人宮原福一主張の前記停止地点(H)点までの間では交替は絶対可能であるとの判断もなし得ないのである。しかも本件発生当時、本件自動三輪車の停止地点が被告人等主張の右(C)点または宮原福一主張の右(B)点であつたことについては、他にこれを証明するに足る証拠は存在しない。

なお道路交通取締法規上からも特別事情のない限り自動三輪車の停車は被告人等主張のように道路の左側(進行方向に向けて)である(C)点附近になされたのではないかとも推認されるし最初の停車地点から自動三輪車を移動させたとの反証も見当らない。

また、前記証人堤昌成の証言によれば運転未経験者でも一日十五分位宛、十日間位の操縦練習により、咄嗟の間に運転の交替を発意しこれを実行しうる可能性はありうるとのことであるが、本件の場合にかりに、被告人が現実無免許運転の現場を発見されたとしても、その責を免れるためとはいいながら、警察官注視の中に運転未経験の被告人(被告人が運転経験があつたとの立証はない)が大胆にも交替を発意実行したものとは経験則上到底考えられない。

さらに、証人宮原福一は被告人等の運転の交替は自動三輪車運転台後部の角窓を透して確認したと主張するが、これは証人井村富人及び被告人の供述のように被告人が証人宮原福一の停止の呼声に気付き、右窓より右証人宮原の停立地点を振りかえつたのを、交替したものと誤認したものと思はれる。

つぎに証人宮原福一は挙手して本件自動三輪車に停車を命ずる際、被告人が運転していたのを現認した旨主張するが、同人は今迄に、被告人と特に面識があつた訳ではなく、また被告人の服装等について特別の認識があつて、当時の運転者が被告人であつたと確認したのでもない。

これは前述のように本件自動三輪車が徐行進行中、被告人が窓からふりかえつてみたのを交替したものと誤認し、その後被告人及び証人井村富人を取調べて被告人が無免許者であつたところから、同人が無免許運転をなしたとの疑をもつようになつたものと思はれる。以上の認定を覆へし本件公訴事実を認むるに足る証拠は見当らない。

なお、被告人作成の本件無免許運転の自白供述書についても被告人の供述に証人井村富人同御厨モトの各供述を綜合すれば自白の任意性についても多少の疑がないでもないが、それは兎も角として前説示のように本件犯罪事実を認むるに足る証拠は存在しない。よつて本件公訴事実はその犯罪の証明が十分でないから刑事訴訟法第三百三十六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾伝次)

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